今日のChatGPT※ノーコードの幻想|“魔法の杖”ではなかった現実
ChatGPTや各種生成AIの登場で、「誰でも簡単にAIを活用できる時代が来た」と言われる。
特にノーコードツールの広がりは、「プログラミングなんて不要」という幻想を後押ししている。でも、実務に足を踏み入れた瞬間に、私は気づく。
ノーコードは魔法の杖ではない。
それどころか、制御できない“自動化ごっこ”は、現場に破綻をもたらす。今日のChatGPTは、「ノーコードの幻想」について語ろう。
🧩 セクション
1. ノーコードとは「制御できない便利さ」である
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全体設計は人間にしかできない
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抜け・矛盾・例外への耐性がない
- AIは、単なる辞書なのだ
2. 「できること」しかできないのがノーコード
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1機能だけなら動く ノーコードを語る人たちは、これを見せてくれるのだ。
そこに幻想が生まれる。 -
でも現場では「3つの条件を見て出力を変える」などが日常茶飯事
開発現場ではそれが当たり前。
1つのプログラムは数百数千の判断分岐が生まれる。
それを管理しくみ上げるのがSEでありプログラマなのだ。 -
条件分岐・ログ処理・権限制御など全部が“できないか、苦しい”
AIは、関連ワードをかき集める天才だ。
言葉を数値化して、その近さから一つの回答を出力する。
あたかも考えて答えを出したかのようにふるまう。
万能であるがごとく勘違いさせているのだ。
3. AIを活かすには「設計する人間」が必要
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ツールではなく構造が大事
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ベクトル検索の仕組み
結果、定型のない新しいシステム、プログラムを書くことはできない。今のAIである限り、一生ないのだ。
ベクトルとは、AIの中に組み込まれた多次元の座標空間での2ワードの距離と方向をいう。
つまり、契約と約束、破る、ピッツアといった言葉の距離と方向を指している。契約というワードは、ピッツアと解約の距離を測ると解約と近い。
だから、契約+ポジティブ度の高いキーワード、例えば「やめる」といわれると、AIは、解約という単語を導き出すのだ。
AIとは、ただそれだけのこと。この仕組みでシステムが、プログラムを書けるのか?答えはNOである。
プログラムにも文章にも定型というものがある。AIは、ワードによってその定型を探し出して組み合わせているだけなのだ。
文章も同じこと、ワードをアンカーとしてつなぎ合わせているだけのことなのだ。
だから、出してきた文章を読み直してつじつまの合わないところをひとが直さなければ成り立たない。 -
AIは“賢い辞書”。
しかし、それをあたかも人工知能のように思わせるため、思考しているかのようにふるまわせているだけということに気が付かなくてはいけない。
AIは、どこまでいっても辞書なのだ。
ウルトラ便利な、「推測」「あいまいさ」で検索し、それを組み合わせて出力してくれる超々便利なツールなのだ。
そこにだまされてはいけない。あくまでも検索範囲の広い単なる辞書であって人工知能ではないのだ。
人が、AIの開発側が人工知能と勘違いさせるようにふるまわせているだけなのだ。
見た目知能に非常に近く見える。しかし、勘違いしてはいけない、未来世界はまだ来ていないのだ。
✅ まとめ
ノーコードに罪はない。
ただ、ノーコードを「自分の代わりに全体を作ってくれる魔法」と捉えた瞬間、
その幻想は現場で粉々に砕ける。必要なのは、「AIをどう使うか」を設計できる人間だ。
ノーコードに夢を見たすべての人へ――今日のChatGPTより。